教育の本懐は自立支援

昨日、小学3年生の生徒のお母さんが来校されて、子ども向けのプログラミング教材の理解を深めて帰られました。子供によって理解のバラつきは大きく、特に低学年の子供にとってはかなりの差があるように思います。

出来る生徒と出来ない生徒の違いとして、まずそもそも学習する姿勢が身に付いていない子供もいます。おそらく、何でこれをするのか?何のために学ぶのか?など本来求められる学習の意味合いに対して希薄であることと、知的好奇心や興味、関心などそれぞれ個人差もあるということが大きいと思います。

指導側としたら、共通の教材を使って、共通の指導方法で、どの生徒にも同じように理解してもらいたいという思いがあります。これはともすれば画一的だ!創造性がない!マニュアル任せだ!と的外れな非難をする人間もいるでしょう。しかし、子供にはある程度、視覚聴覚触覚バランスよく使って取り組ませる必要があり、極端に偏ることは大多数の子供の理解を得ることからは遠ざかるように思います。

そして、今暗記中心の受験教育を問題視して思考力の開発に力を入れる流れが教育界にはあります。これは正しいことですが、偏るのではなくあくまでも両輪で、暗記力も必要であり思考力も必要だというスタンスがよいのではないでしょうか?例えば、楽器で一曲を練習する中で、楽譜を見ながら弾く人もいれば暗譜する人もいます。これはやはり難曲を弾くには一曲丸々、全小節を覚える必要性が生じます。これを丸暗記だから駄目とはなりませんし、むしろ暗譜しようと努力をしないといつまでもこの能力は身に付きません。人間ですからミスをしますしそれぞれ能力にも限界はありますが、成長するためには極力ミスを減らし、効率よく知識を吸収していく必要があります。

マイクロソフトの創業者であるビルゲイツ氏曰く、「人間は好奇心を活用して知識を得ていくことが最重要である」と昨年母校で演説しています。結局は好きなことを好きなだけやって好奇心を満たすことでしか人間は成長しないとしたら、子供の教育分野に関してはある程度の選択と集中は必要になってきますね。それを見極めるのがまた難しいのですが。

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