教育がおかしいんじゃないかな

先の東須磨小での教員によるいじめ問題で、加害者の教員としての資質が問われているけれど、人として大人としてもう論外であり、いじめとして処理せずに傷害事件、器物破損事件として加害教員を処罰するべきではないでしょうか。そして、私はいつも思うのですが、こういった問題や事件が起こるたびに、こんな教員や教育施設で指導されていた子供たちの気持ちはどうなるんだろうといったことです。確実に心中穏やかではないだろうし、ほんの僅かな屈折であっても将来的には大きな歪みになることだって想定しないといけないと思う。

未だにツイッターでは親子間でバトルしていますが塚本幼稚園の籠池一家。この人たちは結局教育よりも政治活動がしたかったんじゃないかと現状を見ていると思わざるを得ません。教育機関は飲食店や小売店のように適当に選んで入って適当に対価を支払って完結するようなものではなく、その地域に居住し生活するために必要に迫られて選択しているケースが殆どです。金儲け主義に走り、地位や名声にとらわれ、本来の理想とかけ離れた活動をしている教育者の皮をかぶった人間も世の中には実は多かったりします。

消費税増税の代わりに幼保無償化が始まりましたが、目茶苦茶がまかり通る社会福祉なら別に私はいらないです。少なくとも自分の子供には受けさせたくない親心もある。手間隙を考えれば、幼少児童>>>>>>>中高生、しかし、給与体系は、高校教員>>>>>>幼稚園教員。勿論、高校も中学も人生においては大切な時期ですが、幼少期の僅かな期間にこそ、大切な子供を大切に教育してくれる教育者や教育機関が必要なのは言うまでもなく、金がない予算がないでどんどん質が低下し、挙句の果てには低レベルな職業教員が量産されることになっているのが日本の現状です。

教員も親も大多数の人間がまともな満足な生活をしていない日本で、夢や希望や目標を子供に掲げさせても嘘くさいんですよね。なりたい自分になれてない人間が子供に何をさせようというのか。ありたい自分がない人間が、子供にどんな心のあり方を説けるのか。そして子供は大人になり、また矛盾に満ちた社会が再形成される。

どこかの誰かがと期待しても無駄なら、自分たちでやるしかない。今、昼は求職者向け、夕方以降は子ども向けの教育施設となっていますが、そろそろ新しい事を仕掛けていこうかなと企てています。

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